■アストロノート
ガブリエルは死ぬその命名の重みによって
君はブラジル丸の甲板から太平洋へ唾を吐け
俺は500CCのゴリラに跨がって国道1号線を東上する
「生きることは楽勝だな」
「ああ、ヤツさえいなければな」
潜伏先の地方都市で静かな家庭生活を得た一人の男
彼を新たな破壊工作へと誘う謎の過激派組織
「ヤツに改造銃を持たせた組合があるらしい」
「ああ、伝説だ」
巨大化したネズミ男たちがまき散らした孤独についての伝説
残酷な運命、理不尽な命令
皆殺しの街から生き残った一人が帰って来た!
一日中イラついているなら、
眠れなくて泣きそうになっているなら、
信じられなくなった自分の才能を惜しむなら、
これを読め!
日本語で書かれた最長のハイパー・テクスト詩篇「アストロノート」!
【目次】
R/F 5つの断片/電気ネズミを巻き戻す/赤い小冊子/ガンツ/ハイウェイを爆進する詩/どいつねんたる/卑屈の精神/青猫以後/中也と秀雄と赤ん坊/半魚/1989/ハリー・ボッターと二つのエレジー/エデンの東/誰にも捧げない詩/戦争まで/アストロノート/精神のピーク/電波詩集/スギトトホ/制作後記
2006年1月15日発行/256頁/定価2500円(税込)/著者:松本圭二/発行者:松本圭二/出版社:「重力」編集会議
*「アストロノート」は完売しました。
「アストロノート」は当初VHSのビデオ・テープと全く同じ大きさの判型で製作していた。製作は遅れに遅れた。なんとか2005年内に刊行したいと焦った私は、印刷会社に無理な追い込みをかけていた。完成した「アストロノート」を受け取ったのは12月27日、仕事納めぎりぎりであった。私は「アストロノート」のページを捲って唖然とした。頁と頁の谷間(ノドと言う)の空白(マージンという)が不足しており、印刷された文字がほとんど谷間に潜り込んでいるのである。ようするに「ノドが詰まっている」わけだ。頁を思いっきり開けば読めないこともない。しかし、これは明らかに失敗であった。印刷・製本を依頼したタイム社には何ら落ち度はない。制作費見積もりを半額近くに値切った上に、製作進行のスケジュールをほとんど私は無視していたし、最後には大急ぎで作らせたのだ。そのしわ寄せが詩集の出来上がりに反映していたのである。プロの編集者が関わっておればこんな初歩的なミスはありえないだろう。だがミスで済まない所も多々あった。「ノド」の問題以外に、誤植が山のようにあったのだ。結局、最後の最後で私は手を抜いてしまったのである。これは言い訳のしようがない。私は結局ぜんぶ刷り直すことにした。組版をやり直すのは無理だから、判型を少し変えた。刷り直した800册を販売にあてたが、今も私の自宅には失敗した初刷りの「アストロノート」が800冊ある。とりあえずそれをVHS版と名付けるが、むろん販売できるような代物ではない。ただし、判型だけに限って言えば、このVHS版が本来の姿なのだ。「ビデオデッキに思わず突っ込みたくなる詩集」というのが、「アストロノート」の最初のイメージだった。
マルメラは小さな箱をみつけた
《言葉は不幸だ》
私の二冊目の「詩集」は、版元とのトラブルによって五十冊のみが製本されただけで、残りは製本されぬまま。つまり紙の束の状態で、その部屋に運び込まれていた。部屋の片隅に白い紙の山ができていた。それはふたたび書物の形へと夢見られることもなく、また処分することもためらわれたまま、長く私の部屋に居座り続けた。やがて、私には製本された五十冊が偽物であり、この巨大な紙屑こそが本来の姿であると思われた。つまりそれは、私自身の外部の形象として見られていたのである。(「sagi
times01」より抜粋)
ライラック号で来る
ここに収めた各詩篇の原形となるテクスト(多くはメモに過ぎない不完全な断片だったが)を書いたのは、一九八ニ年から八七年にかけてのおよそ五年間であり、年齢で言えば一七歳からニニ歳、たぶん、私がもっとも詩人らしくあった頃である。それらのテクストを、私は自室でこっそりと書き、長い間隠し持っていた。『ロング・リリイフ』のような詩集を私は二度と作ることはできないし、ここに収めたような詩を書くこともできない。多くの処女詩集がそうであるように、これは一回きりの跳躍である。ただし私は、第ニ詩集、第三詩集でも一回きりの跳躍を試みたつもりである。叶うことならば処女詩集だけを作り続けたい。その思いは、第四詩集『アストロノート』でも変らない。私は詩人の成熟など全く信じていない。
