アストロノート草稿 

2006年10月16日

TDU


ゲイルゲイル
おれは君の名を呼ぶ
君はおれの名を知らない
ゲイル
ガブ、
ガブリエル!
工場から出た虹のスロープを君はするすると
そんなことができるのはズルイ魂だけ
逃げた
君ら
三人は!
ぼくはオベンキョウのかわりにオベントウしてました。いっつも。いっつもいっつもいっつも!
先生! 女の子はみんなお尻に羽根がありました!
迂闊だった葛藤だった過酷
うん
死ぬかと思った
おれの工場は空き地の片隅にあるよ
ギロチン工場だよ
灰色は灰色
みんな灰色
肉を切りたいねえ
あれは赤だからねえ
ゲイル!
おれはもうウスバカゲロウとウスバカヤロウの区別が……
前からね
ずっと前からね
そうだね最初からそうだった。おれは君に出会う、ということができなかった。二年も三年も。二年も三年も三年も。三年も三年も三年も三年も!
食べるまでは!
食べる?
そうさ脳をひと飲み
トコロテン式のちゅるちゅる
君はジェット気流に押し出されて数万匹のミミズに分身するであろうガブ、ゲブくんおれは薄っぺらな穴に突っ込まれてくるくる回っていたいよ映像付きで付録で…
ネズミ花火の火花のくるくるの
脳のね
の、
そして、のね
一緒に卒業式を挙げようぜ耳たぶの後ろで!
冗談ジャナイ
サイアクナ式ダ
僕ハモウスグ世界軍ニ徴兵サレルノニ
歌ナンカ歌ッテラレルカ
嗚呼! 
じゃんぼ餃子ガ食ベタイガブ!
二千十万年夏休み。男子高生の三人に一人が言語障害に陥るであろう。母音を失った彼らは「小鳥のさえずり」を一斉に始めるであろう。いわゆる天使病である。ポエジーとエレジーとバンジーが破局的に衝突する川面で、美しいものがすべて砕け散るであろう。思い出や思い出や思い出や隠し通した欲望が。そしてテストの時代が終わる。
鳥たちはドレイ工場での三年間の抑留ののち、さあ出て行けとばかりに放たれるしかないだろう。このツチノコ平原では鳥は最低の生き物であって、もはや「飛べる」ということが特別なギフトになっていない。みんな飛べる。だからあとは墜ちるだけなのだが、となると羽ばたきという行為自体の意味も変容するであろう。それは単なる抵抗に過ぎない。ゲイブはそれでも虹をわたろうとするだろう。とっても可愛らしく。ひょっとしたら許されるかもと思って。
厭だね
ああ厭なやつだ
「しなつくり」って言うんだああいうの
墜ちるさ
ああ墜ちるね
二千十万年夏休み。世界軍に最後の抵抗を試みているのはタクシー・ドライヴァーズ・ユニオンだけだった。TDUはその路上通信網を駆使して神話再生のプログラムを違法投棄し続けていたのだ。いわゆるポイ捨てである。
「君たちの首謀者は誰なのかね?」
「知りません、勝手にビラが送られて来るだけなので。それにこの仕事は、道端で勝手に手を挙げている世界市民を乗せて運ぶだけなので」
「君たちのような人種は許し難いが!」
「それは仕方ありません。ピラミッドの時代から奴隷は必要でした。奴隷には神話が必要でした」
「ではTDUこそが最後の神話の担い手であると?」
「そうなるのでしょうね。仕方ありません。世界市民が奴隷を必要としている限り、神話再生はほぼクロマニヨン的段階の欲望と言えるでしょう」
「君か? 首謀者は?」
「いいえ違う」
「名前は?」
「ガブリエル。タクシー・ドライバーは今ではみんなガブリエルという名前です」
「どうしてそうなった?」
「知りません。与えられるのです。名前は」
「誰から?」
「鳥たちから」
「鳥?」
「空から墜ちてくる連中ですよ」
「君、それはミ、サ、イ、ル、だ」
ノドン一号、発射!
まあね。まあ命中はしないわな。魂にはな。魂はあるね。まだあるね。寒々と。夏だというのに、そんなにごちゃごちゃ着込んでいると君、透明人間になってしまうよ。家を持たない人は幸いだな。チャイルドとか、チルドレンとか無いやつはな。無いやつはな。もうこうなったら包帯でぐるぐる巻きにしてくれ。天地無用だ。クロネコに電話して「集荷お願いします」って。言ってくれ。いっつもいっつもいっつもおれの妻が。
やっぱりスパイか?
ああクロネコだろ、まず間違いない
しっ! 静かに!
何か喋っているようだ
ゲイルゲイル
ゲイブ
ガブ、ガブガブ、
ガブリエル
「ネコのような瞳が特徴のラージノーズ・グレイ」
「スモール・グレイ。小柄で体毛がなく、瞳のないアーモンド形の目を持ち、指が四本」
「空間から突然光り輝く玉があらわれ、その中から登場するジャドー・ビーイング」
そしておれたちはカンブリアの魚に誘われるようにその穴に入って行った。その穴。世界市民がめいめいに打つ絶望的読点のなかに。TDUとはいかなる戦線だったのか。全ての窓辺からカーテンが取り外された日、おれは一瞬のガブリエルの溜め息を聞いたように思う。ただし、それはもはや若々しいものではなかった。誰もが老いる。腐る。
TDU
わたしはその夜もばらばら指のピアノ弾きとして黒鍵上を跳ねていたと思いますがてんででたらめに、傍から見ればいい歳をして何をしているのだろうとか、狭いキッチンにすっぽりはさまったまま眠っている蜘蛛女の記憶はさずがに断片的なもの、わたしのもの、夜は何時からいったい断片的になるのでしょう
ね、記憶とは決してその人を裏切らないものですから、忘れてしまえるものは忘れてしまえばいいのですし、ねえちょっと鬱陶しいな、そのショートホープ
そしてアゼルバイジャン
わたしの夫が言うのですしきりに、アゼルバイジャン、アゼルバイイジャン、イイヤン、イイヤンケ、妙に身体がくねくねしておりましていったい何がしたいのか、判りませんちっとも、ちっともいっつもいっつも、いっつもいっつもいっつも全然。
太陽には感謝しているのです子供がおりますから、わたしどもにはおります二体、それでとうとう太陽に感謝せねばならない身の上ですがあたりまえです、あたりまえ、それにしてもいつまで眠っているの君たち、夫子供
夫は一人ではありませんのでこれからも後悔するでしょうが身体は一つですしね、そうですかね、なにやらカマキリのように卵から湧き出てくるようですし、いつか青函連絡船のデッキ上にああしまったと零してしまった五色のコンペイトウの粒のようですその粒々、何でしょうか記憶はでたらめでそんなことは覚えているわけ
何でしょう、何が湧き出ているの?
苛立っているわけ、ですからわたしの指はばらばらでいいのですが、世界は、というか世界軍はそれではいけないようなことを申すので、ね、いつもそうでしょ? いっつもね、いっつもいっつもいっつも、鈍感な君はね
詩人、なんだそうです
叫びますが未だに子供達は叫ぶのですが夜に、明け方に、そして夫やそれら男たちも叫んでいるのだそうです眠り惚けて紙の上で心臓麻痺で痙攣で、痙攣痙攣麻痺麻痺麻痺、ああ鬱陶しいな書類は全部、それってわたしには仕事ですから書類の処理はね、だってさあそういうことを毎日やっているのですよ区役所の窓口で地獄
昨夜の血だらけの言葉をわたしはもう覚えていませんがこの詩人君は覚えているのでしょうね、ヘビだし、ねちねち覚えてしまって苦しむのかも知れませんし、そんなの知りませんというのもその血はそもそもわたしの血、だったでしょう?たぶん
そしてバンダイサン
ね、判らない、いったい何がして欲しいのか、ヘビ男は言いますバンダイサン、バンダイサー、だいたいそんなもんバンダイサー、考えたってバンダイサー、結局はバンダイバンダイサー、唇が動いています、薄っぺらな、ヘロヘロの、それってキクラゲ?
血をね
返して欲しい、わたしの、失血分をそのまま、わたしの血をですよ、詩人の血なんていりませんからもう、ねえ、電話がなってる電話が電話電話電話!
またTDUからだわきっと、よせばいいのにいちいち相手なんかして人が良いったらありはしない、「普段は人が悪いってみんなから嫌われてるんだぜ」ってあの人は言うけれどみんなって誰? あなたなんかをいちいち嫌う人なんでどこにもいやしないわ、ね、そうでしょう誰とも話しをしないんだもの、そのくせ一度話しはじめると気狂いみたいに饒舌になって手に負えないのだから、惨めね、あんなろくでなしの集団にしか相手にされないなんてTDU、いっつもTDU、難しい顔をして話し込んでいるけれどそれってキャッチセールスとどこが違うの? 
世界はいつからこんなふうになってしまったの?
毎日仕事に出かけるのがそんなに苦痛?
いったい誰を殺す気なの?
有明海までノンストップで失踪した時は確かに輝いていたのですが、この二人、その帰り道に道に迷ったのでしょうねわたしはわたしだけ、そう「車の運転を習っておくべきだったわ」とフランス映画なら言うかもしれませんが所詮ね、カローラですから三重ナンバーの、いつになったらこの人は東京に連れて行ってくれるのかしら
無理ね
そしてセルジュダネー
もう疲れた、疲れたよ、ああセルジュダネー! それが仕事帰りの夫の決まり文句で、なんとなく判るような気にさせられるから危険、ね、だって判らないものやっぱり、ダネーダネーダヨネー、まったくセルジュダヨネー、何やってっんだろうみんなバカでどうしようもない、そうダヨ、本当に使えないやつばかりダヨー、ああ疲れた、もうこうなったら絶対セルジュダネー
同意、ってことがこの人には必要なのかしら
みなさんどう思われますか?
すみません
性格が悪くなりました
助けてください



「催促文」
とにかくおれたちには毒ガスだの兵器だのを開発する資金も時間もないのだから、パチンコ、包丁、その他ありもので何とかするしかないわけだが、そうした苦境にある以上精神の昂揚は不可避である。しかるにそのザマはなんだ。もはや武装蜂起を呼び掛けるに足るだけのマニフェストが今の君に書けるとは思えない。もうリミットは過ぎたのだし、このままダラダラと君の内部の葛藤に付き合うのもどうだろうか。おれは今でも期待はしているのだし、書けるとすれば君しかいないだろうことは同志の多くが理解していることでもあるが、今の君では駄目だ。最低だよ。いつからそんなふうになってしまったのか、何が君をそれほど消耗させているのか。まあそれを聞いたところですでに同志諸君を納得させることはできぬだろう。残念だが君はすでに見切られている。悔しいと思わないかい。
一行だ
一行でいいのだよ!
君の最後の勇気を絞り出して欲しい!
今夜は眠らずに待っているよ
「釈明文」
だいいち私はあなたたちが何者なのか知りません。タクシー・ドライヴァーズ・ユニオンですか。何ですかそれは。私はしがない地方公務員に過ぎません。地方公務員は「社会全体の奉仕者」ということになっていますから、お分かりだとは思いますがタクシー運転手だけを特別扱いすることはできないのです。確かに『赤旗』は購読していますが、それには抜き差しならないしがらみのようなものがあってのことで、実はゴミ箱にポイです。たまたま乗ったタクシーのなかでどんな話をしたかなんて、それにあの時は私も泥酔しておりましたし、いちいち覚えているものではありません。ひょっとしたら私は調子に乗って、あなたがたの組合のビラに気の利いた文言の一つでも考案しましょうなどと言ったのかも知れない。しかるにそれも酔っぱらいの戯言に過ぎませんし、ましてや同志だのと言われても困るだけです。とにかくあなたがたは勘違いをされておられる。辞表も書けない男にマニフェストなんて書けるわけがありません!
「抗議文」
茶番もいい加減にしろ。君が投げ出した戦線を引き継いでいる者の身にもなれ。冷静になって話し合おうじゃないかゲイル。おれたちは血眼になって君を捜しまわっていたのだよ。それも君が発明した無線暗号網を駆使してだ。忘れたなどとは言わせないぞ。扇情だけしておしてポイか。おれたちは『赤旗』と同じか。悲しいではないか。多くの同志諸君は言葉を必要としていない。今となってはだ。しかるに彼らに本当に必要なのは魂を救う言葉ではないのか。そのことを一番判っているのは君じゃないか。おれたちは指導者を必要としている。指導者とは言葉を持っている者のことだ。いいかいガブリエル、人民戦線とは血を這うネズミの勇気だ。君はおれたちのトラヴィスなのだよ! 想像したまえ。同志諸君がどういう気持ちでこの腐った都市を走り回っているか。道端で手を挙げる幽霊どもを無視するのは簡単だ。そのままアクセルを踏めばよい。しかしおれたちはそうはしない。どんなに血まみれの幽霊だって乗せてやるんだ。それが労働というものだよ。そしておれたちはその労働の全てを君に捧げようゲイブ、
ガブ、
何か言ってくれ、
頼むから立ち直ってくれ!
「決別文」
記憶とは残酷なものですね
美空ひばりの歌のように
命とかを分岐させることはできますかおまえら
樹のように
樹は歩きますか?
ユニオンという森に迷い込むのは
汚れた足
タクシーは都市の街路樹を憎みますか?
私は愛そうと思う
蝉のように
なきわめいて
狂気をおまえらの属性として認めるにせよ
メーターに支配されている限り
それが運命です
どうしようもない
どうしようもない魂は
いずれ雨に流され
側溝におちて
海に拾われ
そう
クラゲたちの記憶に帰るしかありません
人間は
私はユニオンのみんながいっせいに恋愛をし始めれば
いいと思います
夜のアジトで壊れてください
私は期待しない
人間の顏はもう美しくありませんから
肌色が無くなる日も
きっとおまえらの革命は歓ぶでしょうから
血はこんなに騒ぐのに
どうしようもない
血は
血だけは
記憶とはかくも残酷なものです
それはいつも史実を裏切りつづけるのです
大切な日付けを記念しますか?
それは誰によって書かれるのでしょう
おい人間、書けよ
書いてみろよ
いいでしょういいでしょうクラゲさん
でも私は日付けのある文章なんて書かない金輪際
マニフェスト?
どうか忘れて下さい
ごめんなさい
魂とかいうものが判らないのです
そのイロハが
「脅迫文」
それが君の現在か。ほとほと呆れ果てるよ。君はおれたちの労働をことさら無視しようとしているが、では君自身はどうなのかね。気持ち良く飼い馴らされているくせに何だ。優雅な身振りをして何に復讐したいのかね。君のルサンチマンは未だに宙を彷徨っているよ。その脳を。まあ残念だ。つまらん時間に捕まってしまったのだ。君はいま朝に起きているだろう。定時ということを意識しているだろう。それが間違いだ。いったい誰の拷問を受けているのかね。身替わりか? 誰の? 似合わない真似はよせ。逃げられると思うなよ。君がそうやって「良き職業人」になり済ましている限り、おれたちはこれからもその虚妄を突き続けるぞ。火種はあるんだ火種は! 
TDU
幻影はタクシーに乗って旅をする。
「ドームまで」
「ドーム?」
「中まで入ってくれ」
「中まで入るって……すんませんどこのドームでっか? この街にはお客はん、ドームなんておまへんで」
「無線を使え、無線で訊いてみろ」
「いやそんなん訊けますかいな。わしかて十年運ちゃんやっとんのや。たのんますわ、教えてください。どこぞの店の名前でっか? ミナミでっか?」
「いやキタだ」
「ほなとりあえずキタ向いますわ。近所まで来たら教えてください。たのんます」
「ペロペロピー」
「は?」
「ペロペロピーだよ君」
「は?」
「作戦は予定通り進められている。君の待機場所はペロペロピーだ、はいそこ右」
「なんでんねんお客はんペロペロって。その類いの風俗ならぎょうさん知ってまっけどなグワッッハッハ、せやけどドームいいまんのは聞いたことありまへんなあ」
「はい左」
「東京からでっか? 大阪は暑いでっしゃろ?」
「……」
「どこのフアンでっか野球? やっぱし巨人でっか? わいは南海フアンやねん。グアッハハハッアホやろ? せやけどあの緑の帽子がカッコええねん。すんまへんな南海戦なんかかけとって。ラジオ、巨人戦にしまひょか?」
「切れ!」
「は?」
「ラジオを切れ!」
「そんな怒らんかて……けったいな客やなあ」
「無線を聞け!」
「聞いてまんがな。せやけどあれですわ、南海もなんや福岡に身売りやて。情けのうて涙がでますわ正味の話。わしらフアンをどう思てんねんまったく」
「はいそこ右」
「あかんあかん、そこ一通でっせ」
「逆走しろ」
「あかんあかん何言うてまんのや。ぐるっと回りまんがな」
「ではバックで入りたまえ」
「ここがドームでっか?」
「入れ、よし」
「無茶しよりまんなあ、たのんまっせ」
「ペロペロピーだ、判ったな。君はそこに待機して次の指令を待て」
「了解!」
「無線に注意すること」
「ラジャー!」
「ここから先は同志間の通信を禁じる」
「キーッ!」
「幸運を祈る」
「キーッ!」




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