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ただ生きられる世界に:2(立岩教授)

2009年3月14日

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写真立命館大大学院の立岩真也教授=京都市北区、伊ケ崎忍撮影

 多くあるところから少ないところに渡す。政府は基本に戻るべきだ。

     *

 格差を小さくしても人が働かなくなることはない。

 ●おさらい

 できる人が得をし、そうでない人は仕方ないという能力主義・業績原理のもと、どれだけ生産できるかが人の価値を決めるようになった。だが、働きや能力によって得るものに大きな差がでることが正しいのか。ただ生きることが、まずは認められる社会を人は望んでいるのではないか。

 市場(しじょう)の中で生じる差を少なくする手だてとなるのが、三つの「分配」です。

 一つは、人がものをつくる材料となる生産財の分配。土地や鉄や石油はもちろん、知識や情報もそうです。それらが不均等に割り振られていたら、その結果としてできるものに不均等ができる。

 例えば、アフリカのエイズの問題。1日に6、7千人の人が亡くなっています。生き永らえるための薬があるのに、値段が高すぎる。薬をつくるための知識が特許権によって守られ、一部の企業の製品しか買えないからです。

 二つ目は、労働の分配。技術革新で労働生産性は何倍にもなりました。世の中に必要なものをつくるのに、そんなに人はいらない。では、一部の人が働き、残りの人はのんびりしてはどうか。悪くない考えだが、働かない人の手取りは公的扶助を受けても働いている人より少なくなるし、お金のためというだけでなく働きたいと思う人もいるでしょう。他方、働く側は「なぜ自分たちだけ」と不満を持つかもしれない。

 それなら、1人当たりの労働時間を減らし、働きたい人たちに仕事を割り振ればよい。生きるための手段を手段以上のものに祭り上げず、不要な競争や選抜をやめようという単純な提案です。

     *

 しかし、その上でも大きな差はできる。イチローがバットにボールを当てる能力は希少です。我々は野球が好きで、彼の能力への需要もある。一方、大切な仕事でも、多くの人ができるものがある。需要があるのに供給が少ないものに高値がつき、供給が多いものは安くなる。それは労働が市場で買われる限り避けられない。加えて、組織で力をもつ人が取り分を多くとり、非正規雇用の人が割を食うといったことも起こる。

 それを最終的に補正するのが、政府が税金を取って分ける、所得の再分配です。

     *

 しかし最近は、税金が自分のための保険みたいなものとしか思われなくなっています。少子高齢化と言われ、老後が心配になり、自分1人のことをうまくやってくれるのが政府の仕事だと思う人が増えているのかもしれません。

 日本はこの20年くらいの間に課税の累進性=キーワード=、たくさん持っている人がたくさん税を払う仕組みを緩めてきた。何十兆円も歳入が減り、それを前提とした上で節約をしようして、社会保障や医療に手がつけられた。それで職を失う人、収入の少ない人が増えても、対応できなくなっています。

 累進性を戻すだけでも、かなりのことができます。高額所得者がそれでやる気を失い、仕事をしなくなるとは思えないし、生活が上向いた人たちが働く意欲をなくすとも思えない。格差を小さくしたら人が働かなくなるという話は、信じない方がいい。

 この間、政治もメディアも、行政の無駄遣いを減らす▽それでは限界があるから消費税を増やす、という2択に議論が膠着(こうちゃく)していたように見えます。その弊害は大きい。

 政府は、多くあるところから少ないところに渡すという基本に立ち戻るべきです。

 (立命館大大学院教授 立岩真也)

 ◆キーワード

 <累進課税> 課税対象の額が大きくなるほど、税率が高くなる仕組み。日本では所得税や相続税などでこの方式がとられている。所得に応じた税負担や、富の集中を排除することなどが目的。努力して増やした収入の多くを徴税されると、労働意欲が損なわれ、経済活動が弱まるとの指摘もある。

 ●おことわり 春の紙面改革に伴い、「大学+α」面は23日付で終了します。

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